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2007/04/04 11:53:36
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健康科学大学後援会 活動報告

2007/04/02 (月)

第五回健康科学大学入学式
健康科学大学入学式が平成19年4月2日(月)勝山ふれあいセンター会場で行われました。

【学長式辞】

新入生の皆様、このたびは健康科学大学へのご入学、誠におめでとうございます。また、本日ここにご列席の保護者の皆様にも、心からお祝い申し上げますとともに、時節柄、ご多忙の折にもかかわらず、ご臨席を賜りましたご来賓の方々にも、厚く御礼を申し上げます。晴天に恵まれた今日の良き日に、真っ白に雪化粧した富士山が間近に見えるこの地において、21世紀の医療福祉を担うべく、チャレンジ精神を胸に秘めた大勢の新入生を迎え、本学における第五回目の入学式を挙行できますことは、私にとってこの上ない喜びであります。
本健康科学大学は、少子高齢社会を迎えたわが国の、社会のニーズに基づき生まれた新しい大学で、平成15年4月に開校しました。従って諸君は本学の第五期入学生として、記念すべき日を迎えられたことになります。諸君は新しい時代を先取りし、自らこの新しい道を志し、チャレンジ精神を持って本学を選ばれたわけで、私はその選択と決断に大きな敬意を表する次第であります。
 本学の目的とするところは、健康を科学するとともに、国民の健康維持に貢献する専門職員を世に送り出すことにあります。
本学は理学療法学科、作業療法学科及び福祉心理学科の三科からなる、大変ユニークな大学です。皆さんははっきりした目的意識を持って、最もやりがいのあるライフワークを選ばれました。これからは大きな目標を掲げ、21世紀の医療と福祉は我々が担うという自負をもって、大いに頑張って下さい。
さて健康とはいかなる状態を意味するのでしょうか。世界保健機構(WHO)は、「健康とは身体的、精神的及び社会的にも完全に良好な状態にあることであって、単に疾病や病弱の存在しないことではない」と定義しています。さらに最近では健康の定義について見直し、スピリチュアル(精神性、霊性、魂)という言葉を入れようとの動きがあります。心と体は一体であり、健康には心の問題が密接に関与していると考えられる時代になったということであります。
ところで現代の日本社会の健康状態はどうでしょうか。親が子を殺し、子が親や祖父母を殺す。先生が生徒を殺す。子供たち同士の殺し合い等、考えられないような残酷なことが頻発しています。やっていいことと悪いこととの区別がつかない子供や若者が多くなっています。命の大切さや人の痛みを理解できない人達が増えています。次世代を育てる責任を負う大人自身が、そして悲しいことには、本来なら模範を示すべき立場にいる社会の各界のリーダーたちの多くが生きるための基軸を持たず、保身と私利私欲で右往左往しているのが現状であります。世界第二の経済大国といわれ、物質的にはこれほど豊かな国になったにもかかわらず、それに反比例するように人の心はすさみ、貧しく生きる喜びを失っているような気がします。それは何故でしょうか。どうしたらこんな暗闇の中に光を見出すことができるのでしょうか。その答えは「心の管理」の一言に尽きると思います。「心の管理」こそが人の生きる基本であり、絶対に欠かすことが出来ないものなのであります。豊かなはずの現代社会がすさんでいるのは、皆が心の手入れをしないで雑草が生え放題、心が荒れ放題になっているからでしょう。その大元をたどれば、終戦後大人たちが心の管理を重視せず、子供達に教えずに来たというところに行き着きます。終戦後日本は経済的には驚異的な急成長を遂げましたが、その代わりに見失ったものがあまりにも多かったと思います。20世紀初頭のイギリスの作家ジェームズ・アレンは、人間の心の管理がいかに大切かということを、後世の我々に次のように伝えています。「人間の心は庭のようなものです。それは知的に耕されることもあれば野放しにされることもありますが、そこからは必ず何かが生えてきます。もしあなたが自分の庭に美しい草花の種を蒔かなかったなら、そこにはやがて雑草の種が舞い落ち、雑草のみが生い茂ることになります。すぐれた園芸家は庭を耕し雑草を取り除き、美しい草花の種を蒔きそれを育み続けます。同様に私たちも素晴らしい人生を生きたいなら自分の心の庭を掘り起こし、そこから不純な誤った思いを一掃し、そのあとに清らかな良き思いを植え付け、それを育み続けなければなりません。彼はまた良き思いがいい結果を生むことを、次のような表現で説明しています。「心の中に蒔かれた思いという種は遅かれ早かれ行いとして花開き、やがては環境という実を結ぶことになります。良き思いは良い実を結び、悪い思いは悪い実を結びます。それではよき思いとは具体的にどのような思いなのでしょうか。良き思いとは「誠実さ」「優しさ」「思いやり」「世のため人のために尽力し、謙虚で私利私欲に走らない」など人間として守るべき規範であります。
 さて、健康科学を将来のライフワークに選ばれた諸君に、まず第一にお願いしたいことは、人の心の痛みがわかる人になって頂きたいということであります。それには、身体障害者や高齢者と同じ立場に立って物を考える姿勢が必要です。医療及び福祉の分野ではそれぞれの専門領域の技術を習得し、さらに人間性豊かな癒しの心を持った人材が求められているからであります。
わが国は今や少子高齢社会に突入し、75歳以上の高齢者が急増しています。高齢社会は実は、高齢障害者社会でもあります。そのため国では10年程前から、高齢障害者向けの施策に取り組んできました。その基本的な方針は、在宅医療福祉、在宅看護を充実させようということであります。
平成12年度からは介護保険制度が発足しました。介護保険が施行されて以来介護予防、リハビリテーションの確立を目指す動きが急ピッチで進んでいます。これは軽度の要介護者の数が増加したことにより、給付費が急増したためであります。
リハビリテーションとは本来「人間としてふさわしい状態に戻す」ということで、欧米では中世以来「宗教的破門の取り消し」「名誉回復」「社会復帰」などの意味で用いられてきました。したがって医学や医療分野で用いられるようになったのは、比較的最近のことであります。
わが国では戦後欧米に留学した整形外科や神経内科の医師が、機能訓練としてリハビリテーションを輸入し、初めてリハビリテーションという言葉が紹介されました。そのため日本では一般に、リハビリテーションと言えば病院での機能訓練のイメージが根強くあります。しかしこれからは「全人間的復権」を目指した、全人的なアプローチが要求されます。具体的には脳卒中や骨折患者を中心とした医学的リハビリテーションのほか、障害児を対象とした教育的リハビリテーション、職能訓練などの職業的リハビリテーション、さらには心のケアを中心とした社会的リハビリテーションを統合した「トータル・リハビリテーション」が必要になります。これからは地域リハビリテーションが大変重要となるでありましょう。地域リハビリテーションとは「それぞれの地域で、高齢者や障害者が一生安全に生きいきとした生活が送れるための医療や福祉及び生活にかかわるあらゆる活動」と定義されています。地域リハビリテーションはまさに「トータル・リハビリテーション」を具体的に実践する場でもあります。そのためには当然のことでありますが、チームアプローチが大前提となります。理学療法士、作業療法士、社会福祉士、精神保健福祉士などの連携が是非とも必要となります。
新しい時代のリハビリテーションの領域は、病院などの医療機関だけではなく、老健施設、在宅介護支援センターなどの介護・福祉の分野、さらには在宅でのリハビリテーションにまで、どんどんと広がって行くと思います。わが健康科学大学の使命として忘れてはならないことは、地域と連携し、地域の医療と福祉に貢献するということであります。私は冨士河口湖町の皆様と協力し、日本全国のモデルとなるような地域リハビリテーションシステムを構築することを心から祈念しています。諸君の前途にはこれから洋々たる、未だ未開拓な新しい分野が開かれています。
現代の医療はあまりにも専門分化しすぎ、臓器の疾患の治療のみに焦点が当てられ、患者さんを全人的な視点から治療しようとする姿勢、特に心のケアが欠如しています。また医師を頂点としたピラミッド型の医療体制では、患者さんに満足していただける十分な医療が出来ないことも明らかであります。様々な面で行き詰まっている現代医療を、もう一度患者さんの視点から見直し、新しい流れを吹き込む可能性が、リハビリテーションにあると信じています。
諸君は、今まで高校時代、主として受身の勉強に力を入れ、受験戦争に打ち勝って来ました。しかし、これからは決して受身の勉強のみでは対応できません。大学は諸君が自らの価値観に基づき、自ら考え将来のいかなる進歩にも柔軟に対応できる力を体得するところです。勉学はもちろん、幅広い課外活動などを含め、大いに社会を学びながら、未来社会の発展に貢献する能力と連帯感を養って欲しいと思います。単に定められたカリキュラムに沿って勉学するのみでなく、自ら新しい時代のテーマを求め、課外活動を含め、より豊かな人間社会を目指して頑張って下さい。過去に築かれたノウハウを取得するのみでなく、これから展開するであろう将来の新しい問題にも、積極的に取り組む姿勢を期待しております。
遺伝学者の村上和雄名誉教授は、生命科学の立場から遺伝子を見ると、多くの遺伝子は眠った状態にあると言っておられます。ヒトの遺伝子を作っている全DNAのうち、蛋白質を作るために働いている遺伝子はわずか3%で、97%という大部分のDNAは何をしているのかわかっていない、すなわち多くの遺伝子は眠っているとのことです。ということは寝ているいい遺伝子をスイッチ・オンにして起きている悪い遺伝子をスイッチ・オフにすることができるなら私たちの可能性は何倍にも大きくなるはずです。いい遺伝子をスイッチ・オンすることで環境が良くなり、心掛けをいい方向に変えることができ、自分のやりたいことがやれるようになれば、人はもっと幸せな人生を送れるのではないでしょうか。
諸君の前途は、正に洋々たるものがあります。どうか青春の炎を完全に燃焼させ、若さにものをいわせて、前進してください。諸君の努力が、日本の、そして世界の将来を開拓するという気概を持って、新しいキャンパス生活を始めて下さい。早く、医療及び福祉の本質を理解し、広い意味の自主的な学問の実を挙げるよう努めてください。私をはじめとする大学に勤務する職員も、諸君が有意義な学生生活が送れるよう、全力を挙げて努力する決意を新たにしております。
以上、諸君の入学にあたり、心からなる歓迎の意を表し、共に未来を開拓する連帯の手を差し延べることを誓い、私の式辞と致します。

2007年4月2日 健康科学大学学長 折茂 肇

また、祝典記念講演としまして、濱宮 郷詞 講師をお招きしまして特別講演を行いました。


2007/03/23 (金)

第一回健康科学大学卒業式
健康科学大学一期生の卒業式が平成19年3月23日(金)勝山ふれあいセンター会場で行われました。

【卒業式学長告辞】
 春たけなわの本日、ここに健康科学大学第一期生、理学療法学科95名、作業療法学科76名、福祉心理学科62名、計233名の諸君が健康科学大学での研鑽を終え、社会に巣立っていく第一回目の卒業式が挙行されますことは、私を始め本学に関係のあるすべての人々にとって、極めて大きな喜びであります。諸君が志を立て、燃える希望に身を包んで入学されたのはつい先年のことでありましたが、その間諸君は勉学に、課外活動に青春の情熱を燃やして大きく成長され、本日ここに栄えある卒業の日を迎えられました。卒業生諸君ご卒業おめでとう。また本日の卒業を千秋の思いで待っておられたご父兄、ご家族の皆様のお喜びも、いかばかりかと推察いたします。
諸君はわが健康科学大学で多くのことを学ばれました。しかしそれらは、これからの発展の基礎を身につけたという意味であり、世の中に出て本当に必要なことは、これからのどんな変化にも柔軟に対応し、適応できる能力と姿勢を身につけることであります。めでたい本日の卒業式も、考えてみれば諸君の人生のほんの一時点での出来事にすぎません。これからが本当の人生の始まりというべきで、本日はその出発の日であることに先ず思いを致して下さい。
卒業という言葉は英語では、commencementといいますが、この言葉には同時に物事を始めるという意味があり、まさに卒業とはこれからの生涯の勉強を始める出発点、という意味を持っているのであります。諸君が今大学を優秀な成績で卒業しても、これからの生涯の勉強や努力がなければ、数年で人生の落伍者になってしまうでしょう。まさに諸君の将来は生涯かけた努力と勉強にかかっているのです。
19世紀のイギリスの詩人テニソンも「人生は長い一つの学校である」と言っています。
諸君のこれから船出する社会は、激動のさなかにあります。諸君を待つ将来には想像を絶する科学、技術の進歩があり、それに対処するには絶えず人間の英知、倫理を働かせてコントロールする必要があります。将来人類は、無限に便利さと快適さを求めて破滅に向かうか、あるいは自然と共存する生物の時代に戻るか、の選択を迫られるとも言われています。これまで以上に、遺伝子操作などの生命倫理問題や地球温暖化などの環境問題などが、人類存続にかかわる大きな問題になってくることは間違いありません。諸君の前途には人類が経験したことのない新しい問題が解決を求めて登場してくるのです。そんな時代にあって諸君には、毎日の平易さに埋没することなく、時代を先取りするチャレンジ精神を持って、自分自身の理性の命ずるところに従って生きて欲しいと思います。
新しい時代を生きるには、チャレンジ精神が必要であります。失敗を恐れ、絶えず従来の枠内にとどまっていてはいけません。失敗すれば、それはそれで次の発展の土台になるのです。失敗して逆境にあるときこそ、人生の飛躍するチャンスともいえるのです。ゴールドスミスは「我々の栄光は失敗しないことではなく、失敗して倒れるたびに起き上がる不屈の精神にある」と言っています。諸君もこれからの永い人生で仮に失敗があったとしても、本日私の述べた教訓を是非思い出し、何回でも新たなチャレンジ精神を持って進むことを、期待したいと思います。諸君はこれから長い人生航路に出航するのですが、人生には山あり谷ありで、いつも順風満帆というわけにはいきません。めぐり来る風雪に耐えて、諸君は大きく成長していくのです。
諸君は長い人生航路において、様々な事件に遭遇し、その対応に迫られるでありましょうが、その際の心得として、私が重要と考えているいくつかのことついて、述べたいと思います。先ず第一は、自分の使命と目標をはっきり持って、誰にも負けない努力をし、自分のやることには責任を持つという姿勢であります。第二は、思いやりのある言動に心がけ、謙虚でおごらず、自分の言動に対して常に反省する心を持つことであります。人の話を誠実に聴くという姿勢が極めて大切であります。自分の言いたいことだけを言い、人の話は効かないという態度は良くありません。第三は、すべてのことを勝ち負け、あるいは善と悪でしか判断しないという、単純な考え方はよくありません。相手の立場も考え、時には相手に花を持たせるという柔軟な態度は、人間関係を良くする上で重要な心得であります。最後に重要なことは、常に自分を磨くという努力を忘れないことであります。
さて諸君は在学中日進月歩の医療・福祉分野の技術を学び、社会に巣立つわけで、社会は諸君の今後の活躍に大きな期待を抱いております。高齢社会を迎えたわが国においては、高齢者の医療制度は大きく変貌し、急速にその体制が変革されつつあります。しかし医療・福祉制度が如何に変貌しようと、諸君の選んだ道は、益々その重要性を増すはずであります。それだけに、諸君の社会において果たすべき責務は、極めて重いものであります。諸君が学び、かかわっていく医療・福祉は、常に人類の幸福のためにある、という原点を決して忘れてはなりません。
かつて医学・医療の進歩は、そのまま人類の幸福に直結すると考えられていましたが、医学・医療の進歩は、人の尊厳にかかわる様々な問題を引き起こし、21世紀は心のケアが叫ばれる時代となりました。医学・医療とは本来サイエンスとヒューマニズムを調和させた一つのアートでありますが、サイエンスの部分のみが急速に進歩し、人間そのものを全人的に診ると言うヒューマニズムの部分が失われてしまったからであります。私は諸君が入学された4年前の入学式の告辞で「諸君にはヒトの心の痛みがわかる人になって欲しい」ということを最初に申し上げましたが、同じ事を卒業の今日、再び繰り返し強調したいと思います。医療・福祉の世界で生きていく上での心得として重要なことは、まず第一に、人の気持ちを読み取り、心配りをするという心がけであります。キリストは「己の愛するところを人に施せ」と言っていますし、孔子も「己の欲せざるところ人に施すなかれ」と言っております。
次に必要な心がけは、人を見る眼と物をしっかり見極める眼を養うことであります。その際人の短所は見ないで、長所を見るように心がけるべきだと思います。医療・福祉は、それそれ専門領域の異なる人々が、互いに協力しながら行う共同作業であります。共同作業を円滑に行なう際に最も大切なことは、他の専門職の役割をしっかりと理解し、その価値を認め、決して悪口を言わないことです。この世の中には犬と猿の間柄がいたるところに転がっていますが、性質の異なった者を受け入れる雅量、度量、心の広さを持つことが極めて重要であります。実社会では勿論のこと、医療・福祉の分野では、特にお互いの協調が重要であります。人の和の大切さを常に忘れないで欲しいと思います。
最後に申し上げたいことは、諸君が学ばれたのはわが健康科学大学であるということであります。地域の大学は、地域の諸問題に対処すべき責務があります。諸君は地域と密接に結びついている実感を持って卒業され、その連帯感でお互いに結ばれていると思います。諸君がこの山梨県の地に残る場合はもちろん、日本全国の何れの地にその活動の場を求めても、富士河口湖町への愛着を忘れず、常に地域の発展に思いをはせて欲しいと思います。日本一の名峰富士山が、諸君の活躍を見守っていることを決して忘れないで下さい。どうか諸君、21世紀の社会において羽ばたいて下さい。諸君の無限の可能性に大きな期待を託して、私の告辞と致します。

2007年3月23日 健康科学大学学長 折茂 肇


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